
たけと。はじめまして。当ブログ「選べる自分を、育てよう」運営者の「たけと」です。
たくさんあるブログサイトのなかから、このページを訪れてくださり、ありがとうございます。
このページでは、僕がこのブログで伝えたいことと、このブログを始めた背景についてお話しします。
当ブログのコンセプト
このブログでは、「人生の選択肢を増やし、自分で選んで生きていく」 をコンセプトにしています。
仕事や日々の生活を大切にしながら、自分がやってみたいことにも取り組んでいく。
そのために役立った考え方や工夫を、僕自身の体験談に基づいて、5つのテーマを中心に発信しています。
- ものの見方を広げる:できない理由を、自分の性格や努力不足だけで片づけない。
- 動ける仕組みをつくる:やる気に頼りきらず、取り組める時間や環境をつくる。
- 自分を知る:何に疲れて、何に惹かれるのか。自分の特徴や大切にしたいことを知る。
- 学び方を身につける:本の読み方やメモの取り方など、学んだことを使うための工夫。
- 経験を資産に変える:やってみてどうだったかを振り返り、次に活かしたり、人に伝えたりする。
僕がこのブログを通して一番伝えたいことは、「大切なものも、やりたいことも諦めなくていい」ということです。
僕は今、人が安心して過ごすための居場所づくりの現場で働いています。
そこに来る人と、どんな暮らしをしていきたいか、そのために何が必要かを一緒に考える仕事です。
その人に合う方法を探しながら、必要な環境を整えていきます。
関わる中で、表情が明るくなり、日々の生活に充実感が増えていく姿を見てきました。
そんなとき、「この仕事をしていてよかったな」と思います。
ただ一方で、人と関わる仕事には、自分よりも相手を優先する場面が多くあります。
- 相手の状態に合わせる。
- 自分の感情を調整する。
- 予定通りに進まない中で対応する。
- 急な相談やトラブルに向き合う。
そうしたことが重なると、気づかないうちに、自分のために使える時間や気力が少なくなっていきます。
「好きなことを楽しもう」そう思っていても、現実には余裕が残っていない。
自分の人生なのに、自分が置き去りになっていく。僕も、そんな感覚を抱くことがあります。
それでも、大切なものを手放したくないし、やりたいことも諦めたくない。
これが正直な気持ちです。
これは、仕事だけの話ではないと思っています。
家族のこと、自分の体調、日々の生活を維持すること。
どれも、簡単には手放せないものです。
それらを大切にしているうちに、自分の好きなことや、やってみたいことが後回しになってしまう。
何をしたいのか、自分でもよくわからないまま、毎日が過ぎていくこともあると思います。
「やりたいことをやって何者かになろう!」
そんなメッセージを見るたびに、モヤモヤするんです。
自分の気持ちを我慢し続けて心の余裕がなくなると、自分や周りの何かを責めたくなってしまうこともある。
そういう場面を、仕事の中でも何度も見てきました。
僕は、今の仕事を大切にしながら、やってみたいことにも取り組んでいたい。
興味のあることを学んだり、気になることを試したりする中で、日々の楽しみが増えてきました。
僕にとっては、自分で選んで動けているという実感が、日々の充実につながっています。



僕自身の実体験を交えながら、余裕がない毎日の中で、「大切なもの」も「やりたいこと」も諦めないための工夫をお伝えしていきます。
僕が大切にしている2つの指針
このブログを書くうえで、僕自身が大切にしている指針が2つあります。
①自分にとっての「納得できる答え」を探す
僕には、今の考え方に大きな影響を与えてくれた2人の恩師がいます。
自分の言葉を見つけるまで、急かさずにずっと待ち続けてくれた人。
「あなたは自分の命を、何に使いたいのか?」という問いをくれた人。
2人の恩師から教わったのは、自分の人生に、自分で向き合い続ける大切さでした。
不安なときほど、誰かに「正解」を求めたくなります。
でもそれは「他の誰かにとっての正解」であって、自分にも当てはまるとは限りません。
誰かの答えを参考にしながらも、自分が納得できるかどうかを大切にしたい。そう思っています。
② 使える時間やエネルギーは、人それぞれ違う
使える時間やお金、気力や体力、置かれている環境は、人によって違います。
なのに「行動すれば誰でもできる」と言われると、何か違うなと思うんです。
「これぐらいは普通でしょ?」という物差しで測られる場面も、増えている気がしています。
同じことをするにも、使えるものが違えば、かかる負担も違う。
そうした違いを抜きにして一律に「行動しろ」と言われても、動けないことがあるんです。
だから僕は、「足りないもの」を探すよりも、「いま手元にあるもの」から考えていくことを大切にしています。
使える時間や気力に合わせて、やり方や取り組む量を変える。
大切にしているものを守りながら、やりたいことにも取り組める方法を模索していきたいと思っています。
運営者のこれまで
僕は、どこにでもある小さな町で生まれ育ちました。
どちらかというと内向的な性格で、自分の意見を言うのも苦手でした。
友達とゲームをしたり、一人で絵を描いたり、ぼんやり考えごとをしたり。そんなふうに過ごしていました。
でも、納得できないことに対しては、「実際そんなことある?」「それって、本当に必要?」と思うことが多かったんです。
だから、集団行動を拒んだり、先生に忘れ物を怒られて本当に帰ったり、部活動にどうしても気持ちが向かず、よく休んだり…。
今になって先生の立場を考えると、申し訳なく思っています…。
何のためにあるのかわからないルールに、ただ従うのが苦手だったんです。
ただ、何でもかんでも嫌だったわけではないんですよね。
高校生の頃、担任の先生が僕のことを、友達にこんなふうに話していたと聞いたことがあります。
「あいつは、きちんと説明すれば手伝ってくれるやつだから、頼んでみな」
たぶん先生は、見抜いてくれていたんだと思います。
僕は、納得できれば動ける。
逆に言えば、納得できないまま動くのが、かなり苦手だったんだと思います。
とはいえ、その違和感を言葉にするのは苦手でした。
だから黙ってしまったり、拗ねたような態度になったり、やらないという形で出てしまったり。
それでも、必要な場面では、自分を抑えて周りに合わせることができました。
周りからは、「優しい」「気が利く」人として見られていたと思います。
そうして、自分を抑えて周りに合わせて、あたりさわりなく過ごすのが当たり前になっていきました。
相手が求めていることを考えて、場の空気を読んで、迷惑をかけないようにする。
そうすれば、それなりにうまくやっていける。
でもその分、自分が本当はどう感じているのかは、だんだん後回しになっていきました。
あたりさわりなく過ごすだけでは、うまくいかなかった
社会人になってからも、僕はその癖を手放せませんでした。
就職活動では1社目ですぐに内定がもらえて、順調そのもの。
「面接官はこういうことを求めてるんだろうな」と考えることは、どちらかというと得意でした。
だから仕事も「なんとかなるだろ」と、当時はかなり楽観的に捉えていたんです。
しかし、現実は甘くなく働き始めてからは挫折の連続でした…。
自分を抑えて周りに合わせて、あたりさわりなく過ごすことが、だんだん難しくなっていきました。
納得できなくても、逃げられない。仕事としてやるしかない。その現実が、僕にはかなりしんどかったんです。
その現実が、僕にはかなりしんどかったんですよね。
部品メーカーで働いていたとき、今でも忘れられないことがあります。
こちらから製造をお願いしている会社に対して、製造コストを下げてもらうよう上司から指示がありました。
会社として必要なことだと、頭では理解していました。
でも「いつもよくしてくれてるのに、そんなこと言いたくないんだけど。まじで嫌だな」と思っていました。
相手にも立場や生活があるのに、なんでそこまで要求するのか。そんな怒りもありました。
こちらの要求を伝えると、相手の表情が曇りました。
「すでに限界なんです。これ以上はちょっと…」
申し訳なさそうな返事を聞いて、「ああ、酷いことしてるな」と思いました。
いつもお世話になっていた相手です。
仕事とはいえ、誰かにしんどさを押しつけているようで、どうしても割り切れませんでした。
転職しても、この違和感は変わりませんでした。
「お客さんのため」と言いながら、実際には会社の利益が優先。
それが会社のやり方だから、仕事だから、そう言われれば、従うしかない。
けれど僕には、納得できないまま従っている感覚がありました。
学生時代に感じていた、「それって本当に必要?」という違和感に、近かったのかもしれません。
そのたびに「この会社が合わなかっただけかもしれない」と、自分を無理やり納得させていました。
そんな働き方が、3社目で限界を迎えました。
ある日、上司からこんなことを言われたんです。
「みんなはあんなに仕事しているのに、あなたは給料泥棒みたいだね」
その瞬間、ぎりぎり保っていた何かが崩れました。
もう、無理だ。
周りに合わせて、期待に応えようとして、自分の気持ちを後回しにしてきた。
そのやり方がもう限界に来ていることを、突きつけられたように感じたんです。
その後、しばらく仕事から離れて、自分を立て直す時間が必要になりました。
これまでのように、ただ周りに合わせてがんばり続けることは、もうできなくなっていました。
自分の足で進むために、見つめ直したこと
時間はあっても、「結局、自分は何がしたいんだろうな」と、ぼんやり考えるばかりでした。
そんなとき、インターネットで偶然、自分の生き方や価値観を見つめ直していくような学びの場を見つけました。
正直、最初はかなり半信半疑でした。
「本当に大丈夫なのかな」「怪しくない?」と思っていたんです。
それでも「このままじゃな」という気持ちのほうが強くて、飛び込んでみました。
これが大きな転機になりました。
そこで出会ったのが、「あなたは自分の命を、何に使いたいですか?」という問いです。
そんなこと考えたこともなかったし、初めて聞いたときは、正直、全然ピンと来ませんでした。
でも、課題に取り組んだり、過去を振り返って人と話したりするうちに、自分のことがわかってきました。
僕は、頑張ろうとしている人を応援することが好きなんだと。
確かに、会社は嫌いでも後輩に教えるのは好きでした。
だから、誰かにしんどさを押しつけるような仕事が、あれほど苦痛だったんですね。
自分が大切にしたいものと、真逆のことをしていたんです。
とはいえ、気づいたからといって、いきなり人生が大きく変わったわけではありません。
できることを、ひとつずつ試していきました。
興味のあることを学んでみたり、気になったことを試してみたり。
もちろん、うまくいかないこともたくさんありました。
朝活をしようとして体調を崩したことがあります。
完璧な読書ノートを作ろうとして、気づいたら「何のために本を読んでいるんだっけ?」となったこともあります。
最初のやる気だけで始めて、続かなかったことも何度も。
でも、そうやって試す中で、わかってきたことがありました。
僕にとっては、うまくできたかどうかよりも、「あ、自分でコントロールできている」という実感のほうが大事だったんです。
試したことが、思いがけない場面で役に立つこともありました。
- 仕事中、本で読んだことが浮かんでくる。
- 自分の特徴を知ったことで、人との関わり方が楽になる。
- 退屈だった休日が待ち遠しくなる。
ふとした瞬間に「あれ、なんか自分変わったな」という実感が増えてくる。
その変化が、楽しかったんです。
僕は、今の仕事も大切にしたいと思っています。
仕事には仕事でしかできないことがあり、でも仕事だけでは満たされないものもある。
だから僕には、どちらも必要なんです。
仕事は仕事として大切にしながら、それとは別に、自分で選んでコントロールできる時間も持っていたい。
何を学び、何を試すかを、自分で決める時間。
そういう時間を持つことで、自分の人生を自分で動かしている感覚が戻ってくる。
このブログを通じて届けたいこと
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
このブログで伝えたいのは、自分の人生を、自分で選んで生きていくための考え方と工夫です。
何を大切にして、どこに時間や気力を使うのか。
それを自分で決められることが、僕にとっての充実につながっています。
やりたいことがあるなら、今の暮らしの中で取り組める方法を探す。
まだわからないなら、気になることに触れながら、自分がどう感じるかを確かめる。
僕自身も、学んだことを試しながら、自分のやり方を探しているところです。
だからこのブログには、うまくいったことも、続かなかったことも、そのとき自分がどう考えたかも書いていきます。
僕が試してきたことが、読んでくれた人の選択肢になる。
そんなブログに育てていきたいと思っています。