
たけと。はじめまして。当ブログ「Re:Place 」運営者の「たけと」です。
たくさんあるブログサイトのなかから、このページを訪れてくださり、ありがとうございます。
このページでは、僕がこのブログで伝えたいことや、僕のプロフィールについてお話しします。
当ブログのコンセプト
「動けずにいる人が、自分を整えて、自分の足で歩き出す。」をコンセプトに、体験談に基づいて、以下のカテゴリーを中心に発信していきます。
- 余裕をつくる ・・・消耗を減らして、心と時間にスペースを空ける
- 自分を知る ・・・なぜ動けなくなっていたのか、その仕組みを知る
- やってみる ・・・「気になる」に、小さく触れてみる
- 表現する ・・・自分のかたちで、外に少しずつ出していく
たとえば、こんな経験はないでしょうか。
- 何かを変えたいと思って本を買ったのに、読まないまま積んでしまった
- 動画やセミナーで「なるほど」と思ったのに、翌日にはもう何もしていない
- やりたいことはあるはずなのに、いざ始めようとすると、なぜか手が止まる
頭ではわかっている。情報も持っている。それなのに、自分が動かない。
そんな状態が続くと、「自分はダメなんじゃないか」と思いたくなる瞬間が、出てくるかもしれません。
ですが、動けないのは、意思の弱さや能力の問題ではないと僕は思っています。
「動けない」には、動けないだけの理由(構造)があります。
そして、その構造をひとつずつほどいていけば、人は少しずつ動き出せるようになります。
Re:Place で扱うのは、その「ほどき方」です。
このブログを始めた理由
情報は手に入る、それでも動けない時代
僕がこのブログを立ち上げた理由は、シンプルです。
いまは、自分を変えるためのヒントが、誰でも手に届く時代になりました。
- 検索すれば、やり方の解説が出てくる
- SNS を開けば、実践している人の発信が流れてくる
- 教材や講座も、買おうと思えば手に入れられる
それなのに、変わりたくても動けない人が多くいます。
僕自身もそうでしたし、仕事の現場でも、何度も同じ風景を見てきました。
「情報がない」のではなく、情報を動かすための土台がない。
だから、買っても、見ても、聞いても、進めない。
そして、「自分のせいだ」と感じてしまう。
慰めるのでも、急かすのでもない場所がほしかった
止まっている人にかけられる言葉は、大きく分けて2つの方向に偏っているように感じます。
- 無理しないで、そのままでいいよ
- やる気を出せば、誰でもできる
どちらも、間違っているわけではありません。
でも、「本当はやりたいことがあるのに、動けない」という人にとっては、どちらの声も、ちょうどよくは届きません。
止まっていることを許してほしいわけでもなく、急かして引っ張り上げてほしいわけでもなく、自分のペースで動き出せる場所がほしい。
そんな場所がもう少しあってもいい。
その思いが、Re:Place を立ち上げたきっかけです。
「動き出すまで」を扱う場所にしたい
このブログで一緒にほどいていくのは、こんなことです。
- なぜ動けなくなっているのか
- どこで詰まっているのか
- どうしたら、ほんの1ミリでも動き出せるのか
「やりたいことの中身」までは、Re:Place では扱いません。
そこから先は、それぞれの専門家に委ねる領域だと考えているからです。
Re:Place が扱うのは、その手前の動き出せる土台が整うまで、です。
先ほどお伝えした4つのステップを、一緒にゆっくりと回していく場所にしたい、と思っています。
僕の仕事と、現場で見てきたこと
僕は10年以上、人がもう一度、自分の足で動き出せる環境を作る仕事に携わってきました。
止まってしまっている人の流れを一緒にほどき、その人にとって安心できる場所や、無理なく続けられる方法を、一緒に組み立てていく。
- どんなことがあって、動けなくなってしまったのか
- もう一度動き出すには、何が必要なのか
いわゆる「居場所づくり」と呼ばれる仕事です。
そのなかで、何度も同じ風景を見てきました。
「動けない」のは、意思の弱さではないこと。
そこには、構造的な理由が必ずあること。
そして、構造をほどけば、人は動けるようになること。
僕が大切にしている2つの指針
このブログを運営するうえで、僕自身が迷わないために決めている、2つの指針があります。
①「正解」を渡すのではなく、「納得解」を一緒に探す
僕には、生き方を変えてくれた2人の恩師がいます。
- 答えを急かさず、僕が自分の言葉を見つけるまで、ずっと待ち続けてくれた人
- 「あなたは自分の命を、何に使いたいですか?」という問いをくれた人
2人の恩師から教わったのは、「答えを、誰かに委ねないこと」の大切さでした。
不安なときほど、誰かに「正解」を求めたくなります。
でも、それは「他の誰かにとっての正解」であって、自分のかたちに合うとは限りません。
だから Re:Place では、「こうすべきだ」という正解を押しつけることはしません。
恩師がしてくれたように、ヒントや選択肢をそっと置いておいて、読んでくれた人が自分なりに納得できる答えにたどり着くまで、ゆっくり待つ。
そんな場所でありたいと思っています。
② 持っているリソースは、人それぞれ違う
もうひとつ、僕が強く意識していることがあります。
それは、使えるリソース(手元にあるもの)は、人によって全然違うという事実です。
社会では、結果だけを見て「努力すれば誰でもできる」と言われがちです。
でも、
- 自由に使える「時間」や「お金」
- もともと持っている「気力」や「体力」
- 安心して休める「環境」
こういった手元にあるものは、人によって大きく違います。
背景にある事情を抜きにして、一律に「頑張れ」と言うのは、苦しくなってしまう人もいると思います。
Re:Place では、「ないもの」を責めるのではなく、いま手元に「あるもの」から少しずつ動き出すことを大切にしています。
誰かのペースに合わせて急ぐ必要も、持っていないものを、背伸びして揃える必要もありません。
自分の手元にあるものを使って、自分のサイズで進む。
そのやり方を、一緒に探していきます。
「動けない」を抱えていた、僕の話
僕は今でこそ、人の動き出しを支える仕事に関わっていますが、かつての僕は、自分自身の動き出し方すら見つけられない人間でした。
ここからは少しだけ、僕の話をさせてください。
「いい子」を演じていた、子ども時代
子どもの頃から、僕は内向的な性格でした。
- 大勢でわいわいするより、一人で絵を描いている方が落ち着く
- ぼんやり考えごとをする時間が、何より好きだった
- 友達は少なく、深く狭く付き合うタイプ
そんな子どもにとって、学校という場所は、決して心地よいものではありませんでした。
集団登校。運動会の応援。グループワーク。
「みんなで一緒に」を求められる場面のたびに、僕のなかには小さな違和感が積もっていきました。
でも、その違和感を口に出すことはできません。
「変な子」と思われたくなくて、「優しい子」「気が利く子」を演じることを、いつの間にか覚えていきました。
それが、僕が人生で最初に身につけた、生存戦略でした。
周囲に自分を合わせ続けた、社会人時代
社会人になっても、その癖は変わりませんでした。
新卒で入った1社目から、転職を重ねた4社目まで、僕はいつも、職場の「形」に自分を合わせ続けて生きていました。
- 1社目:強いトップダウン。命令されたことだけをこなす日々
- 2社目:派閥のあいだで、誰のために働いているのかわからなくなる
- 3社目:決められたやり方から外れると、人格まで否定される
職場が変わるたびに、僕は新しい「形」を学び、自分をそこに変形させていきました。
「ちゃんとやらないと」
「迷惑をかけないように」
そう思いながら、自分の声を、少しずつ聞こえなくしていったのです。
「給料泥棒」と言われた日
そうしてある日、僕は決定的な言葉に突き刺されることになります。
3社目の職場で、大勢の前で上司から言われた一言。
「お前は、給料泥棒だ」
その瞬間、僕のなかでぎりぎり保っていた何かが、音を立てて崩れました。
「自分はここに必要ないのかもしれない」
「こんな自分には、価値がないのかもしれない」
そう思いながらも、その場から逃げ出すことはできませんでした。
「また何か言われるんじゃないか」「怒鳴られるんじゃないか」——
気配を消すように、怯えながら毎日を過ごしました。
点滴を眺めながら、ホッとしている自分がいた
そしてある夜、自宅で何気なくスマホを眺めていたとき、突然、息ができなくなりました。
たどり着いた病院のベッドで、点滴の音をぼんやりと聞きながら、僕は自分のなかに、不思議な感情が混ざっているのに気づきました。
「自分の弱さを認めたくない」という悔しさと、「もう、頑張らなくていい」という、どこかホッとしている自分。
無理に環境に合わせ続けてきたツケが、はっきりとかたちになって現れた瞬間でした。
環境を変えても、消えなかった不安
休養を経て、人間関係も穏やかな職場に転職しました。
側から見れば、それは「成功した転職」だったと思います。
僕自身も、少しずつ回復していくのを感じていました。
でも、なぜか、不安は消えませんでした。
- 「上司が変わったら、また辛くなるんじゃないか」
- 「会社の都合が変わったら、また居づらくなるんじゃないか」
環境はいいのに、なぜか、ずっと怯えている。
出口のない迷路にいるような感覚でした。
恩師の問いが、自分に目を向けるきっかけになった
そんなときふと、過去にお世話になった恩師の言葉が、頭をよぎりました。
「あなたは自分の命を、何に使いたいですか?」
この問いが、ハッと僕を立ち止まらせました。
僕は「自分の命」を使って生きているつもりで、実は、外の世界(会社や他人)に、自分の命を使われていたのだと、そのとき初めて気づいたのです。
外に依存して生きている限り、どれだけ環境を整えても、根本的な不安は消えない。
このとき僕は、「外を変える」のではなく、自分の側を整えるほうに、目を向け直しました。
自分のサイズで、少しずつ動き出した
そこから、僕の生活は少しずつ変わっていきました。
たくさんの本を読み、いろいろな方法を試して、失敗もたくさんしました。
- 早起きしようと無理して、体調を崩したり
- 瞑想を試して、合わないとわかってやめたり
- 読書ノートを作ろうとして、続かずに挫折したり
でも、その繰り返しのなかで、ひとつだけはっきり見えてきたことがあります。
動けない自分を変えるには、4つのステップを、自分のサイズで何度も回し直していくしかないということです。
余裕をつくり、自分を知り、小さくやってみて、自分のかたちで表現する。
この流れを、何周もぐるりと回り直していくうちに、気がつくと、僕は自分の足で、自分のサイズで進めるようになっていました。
僕が目指している、これからの姿
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
僕がこのブログを続ける先に思い描いているのは、こんな未来です。
「動けない」を抱えている人が、自分の足で、自分のサイズで、もう一度動き出していける
止まっていた人が、自分にとっての「次の一手」を、自分で選べるようになる。
そんな小さな動き出しが、一人ずつ増えていく。
それが、Re:Place を続ける僕のいちばんの理由です。
「動けない」の意味が、少しずつ変わっていく
いまの社会では、動けないことは、ときどき「やる気がない」「弱い」という言葉で片づけられます。
でも、止まっている理由は、本当はもっと複雑で、構造的なものです。
意志の強さの問題ではなくて、いま手元にあるリソースで、何をどう組み立てるかの話です。
このブログを通じて伝えていきたいのは、まさにそこです。
「動けない自分」を責める必要はないこと。
止まっていたのには、ちゃんと理由があること。
そしてその理由をひとつずつほどいていけば、人は自分のサイズで、もう一度動き出していけるということ。
いつか、ひとりで回せるようになる
Re:Place では、その「ほどき方」を、4つのステップに分けて扱っています。
ステップを一周するたびに、少しずつ自分のかたちが見えてきて、動き出すリズムも、自分のものになっていきます。
それは、一直線の成長ではありません。
行ったり来たりしながら、何周も同じところを通り直していく、ゆるい循環のような動きです。
同じところをぐるぐるしているように見えて、一周ごとに少しずつ、自分への理解が深まっていきます。
その循環を、一人ひとりが回せるようになる。
それが、僕がいちばんいいなと思っている姿です。
一緒に、最初の一周から
もし今あなたが、「動きたいのに、動けない」状態にいるなら、責めなくて、大丈夫です。
止まっていたのは、意志のせいでも、能力のせいでもありません。
ただ、ほどき方を知らなかっただけです。
僕も、同じ場所を通ってきました。
そして、いまも何周目かを回しながら生きています。
このブログを通じて、まずは最初の一周を、僕と一緒に始めてみませんか。
自分を整えて、自分の足で歩き出す。
これが、Re:Place の答えです。