
たけと。はじめまして。当ブログ「Re:Place 」運営者の「たけと」です。
たくさんあるブログサイトのなかから、このページを訪れてくださり、ありがとうございます。
このページでは、僕がこのブログで伝えたいことと、このブログを始めた背景についてお話しします。
当ブログのコンセプト
このブログでは、「やりたいのに、やれずにいる人が、好きや学びを少しずつ育てて、誰かに手渡せるようになる」をコンセプトにしています。
僕自身の体験談に基づいて、次の4つのテーマを中心に発信しています。
- 余裕をつくる(自分のために使える時間と気力を取り戻す)
- 自分を知る(大切にしたいことと、自分に合う距離感に気づく)
- 試してみる(やりたいことを、自分に合う形で始める)
- 表現する(育てた好きや学びを、誰かに手渡せる形にする)
僕がこのブログを通して一番伝えたいことは、「大切なものも、やりたいことも諦めなくていい」ということです。
僕はこれまで10年以上、人の暮らしや人生に寄り添う仕事をしてきました。
人生の途中で立ち止まってしまった人が、悩んだり、戻ったりしながらも、自分の道を見つけ直していく。
その人がどんな形なら無理なく動き出せるのか。
何があれば、今より少し納得できる暮らしに近づけるのか。
僕は、そんなことを一緒に考えたり、必要な環境を整えたりする仕事をしています。
その姿をそばで見守ったり、支えたりできることに、この仕事のやりがいを感じています。
表情に少しずつ力が戻ったり、日々の中に充実感のようなものが増えていく姿を見ると、「この仕事をしていてよかったな」と思います。
そして、同時にとても大切な仕事だとも感じています。
ただ一方で、人と関わる仕事には、自分よりも相手を優先する場面が多くあります。
- 相手の状態に合わせること。
- 自分の感情を調整すること。
- 予定通りに進まない中で対応すること。
- 急な相談やトラブルに向き合うこと。
そうしたことが重なると、気づかないうちに、自分のために使える時間や気力が少なくなっていきます。
「好きなことを楽しもう」そう思っていても、現実には余裕が残っていない。
「自分の人生なのに、自分が置き去りになっていく」こんな感覚を抱くこともあります。
だからと言って「大切なものを手放したくないし、やりたいことも諦めたくない!」これが正直な気持ちです。
これは、仕事だけの話ではないと思っています。
家族のことだったり、自分の体調だったり、日々の生活を維持することだったり、人にはそれぞれ、大切にしているものがあります。
それぞれに簡単には手放せないものだと思います。
けれど、他に大切なものがあるほど、自分の好きなことや、やってみたいことは、後回しになっていくことがあります。
「やりたいことをやって何者かになろう!」こんなメッセージを見るたび心がモヤモヤ…。
自分の気持ちを我慢し続けて心の余裕がなくなると、自分や周りの何かを責めたくなってしまうこともある。
そういう場面を、仕事の中でも何度も見てきました。
でも、本当はそんな気持ちを抱きたいわけではないんですよね。
大切なものを守りながらも、自分で決めたやりたいことに取り組めていると、少しずつ自分が満たされていきます。
そして、育てた好きや学びを、自分だけではなく誰かのために使えたとき、それは巡り巡って、自分の心の充実にもつながっていく。
- ずっと気になっていたことを、実際に始められる。
- 毎日の中に、小さな楽しみが戻ってくる。
- 自分の人生を、自分で動かしている感覚が戻ってくる。
無理をして、いきなり人生を大きく変えようという話ではなくて、今の自分に合った方法で、やりたいことを始めていく。
大きな成果を上げなくても、やりたいことをやれていると「自分の人生を、自分で生きている」そんな感覚が、戻ってきます。
このブログでは、そんな余裕のない毎日の中で、どうやって自分の時間や気力を取り戻し、好きや学びを育てて、誰かに手渡せる形にしていくのかを書いていきます。
今、大切にしているものも。
今、やりたいことも。
どちらも諦めないために。



僕自身の実体験を交えながら、余裕がない毎日の中で、「大切なもの」も「やりたいこと」も諦めないための工夫をお伝えしていきます。
僕が大切にしている2つの指針
このブログを書くうえで、僕自身が大切にしている指針が2つあります。
①「正解」を渡すのではなく、「納得解」を一緒に探す
僕には、今の考え方に大きな影響を与えてくれた2人の恩師がいます。
自分の言葉を見つけるまで、急かさずにずっと待ち続けてくれた人。
「あなたは自分の命を、何に使いたいのか?」という問いをくれた人。
2人の恩師から教わったのは、自分の人生に、自分で向き合い続ける大切さでした。
不安なときほど、誰かに「正解」を求めたくなります。
でも、それは「他の誰かにとっての正解」であって、自分のかたちに合うとは限りません。
だから僕は、「こうすべきだ」という正解を押しつけるよりも、ヒントや選択肢を置いておきたいと思っています。
読んでくれた人が、自分の状況に照らし合わせながら、自分にとって納得できる答えを探していける。
そんな余白を残しておきたいと思っています。
② 持っているリソースは、人それぞれ違う
もうひとつ、僕が強く意識していることがあります。
それは、使える時間や気力、お金、環境は、人によって大きく違うということです。
社会では、「過程も大事」と言われながら、結果だけを見て「努力すれば誰でもできる」と言われがちです。
「これぐらいは普通でしょ?」そんな他人の物差しで測られてしまうこともあります。
- 時間やお金
- 気力や体力
- 必要な環境
持っているリソースは、人によって本当に差があって、現実はそんなに平等ではないと思っています。
背景にある事情を抜きにして、一律に「頑張れ」と言われても、それだけでは動けないことがあるんですよね。
だから僕は、「足りないもの」を探すよりも、「いま手元にあるもの」から考えていくことを大切にしています。
運営者のこれまで
僕は、小さな地方の町で生まれ育ちました。
どちらかというと内向的な性格で、自己主張がすごく苦手で、自分の考えをうまく外に出すのも下手でした。
友達とゲームをしたり、一人で絵を描いたり、ぼんやり考えごとをしたりして過ごす、そんな子ども時代でした。
でも、納得できないことに対しては、「実際そんなことある?」「それって、本当に必要?」そんなふうに思うことも多かった気がします。
だから、集団行動を拒んだり、先生に忘れ物を怒られて本当に帰ったり、部活動にどうしても気持ちが向かず、よく休んだり…。
今になって先生の立場を考えると、申し訳なく思っています…。
本質のわからない形だけ守るためのルール、そういうものに対して、うまく乗れないところがあったんです。
ただ、何でもかんでも嫌だったわけではないんですよね。
高校生の頃、担任の先生が僕のことを、友達にこんなふうに話していたと聞いたことがあります。
「あいつは、きちんと説明すれば手伝ってくれるやつだから、頼んでみな」
たぶん先生は、見抜いてくれていたんだと思います。
僕は、ただ面倒くさがっていたわけではなくて、納得できれば動ける。
逆に言えば、納得できないまま動くのが、かなり苦手だったんだと思います。
とはいえ、その違和感を、うまく言葉にできていたわけではありません。
だから、黙ってしまったり、拗ねたような態度になったり、やらないという形で出てしまうこともあったんですよね。
それでも、学校生活に大きくつまずいていたわけではありません。
必要に迫られれば、自分を抑えて、周りに合わせることができました。
だから、どちらかといえば印象よくみられていたと思います。
「優しい」「気が利く」そんな印象を持たれていました。
だから僕は、自分を抑えて周りに合わせて、あたりさわりなく過ごすのが当たり前になっていきました。
相手が求めていることを考えたり、場の空気を読んだり、迷惑をかけないようにする。
そうすれば、それなりにうまくやっていける。
でもその分、自分が本当はどう感じているのかは、だんだん後回しになっていきました。
そしてその癖は、社会人になってからも残っていました。
あたりさわりなく過ごすだけでは、うまくいかなかった
社会人になってからも、僕はその癖を手放せませんでした。
就職活動では1社目ですぐに内定がもらえて、順調そのもの。
「面接官はこういうことを求めてるんだろうな」と考えることは、どちらかというと得意でした。
だから、仕事でも「なんとかなるだろ」って当時はかなり楽観的に捉えていました。
しかし、現実は甘くなく働き始めてからは挫折の連続が待っていました…。
自分を抑えて周りに合わせて、あたりさわりなく過ごすことが難しくなっていったんです。
社会人になると納得できなくても、逃げられなくて、仕事としてやるしかない。
その現実が、僕にはかなりしんどかったんですよね。
部品メーカーで働いていたときの、取引先の会社とやり取りです。
こちらから製造をお願いしている会社に対して、上司から製造コストを下げてもらうように指示がありました。
会社として必要なことだと、頭では理解していました。
でも「いつもよくしてくれてるのに、そんなこと言いたくないんだけど。まじで嫌だな」と思っていました。
相手にも立場や生活があるのに、なんでそこまで要求するのか。
そんな怒りもありました。
伝えたときの場面、相手の表情は今でも忘れられません。
相手の表情が曇って「すでに限界なんです。これ以上はちょっと…」と申し訳なさそうに返事をくれました。
その瞬間に、「ああ、酷いことしてるな」って、いつもお世話になっていただけに、自分もすごく心苦しくなりました。
誰かにしんどさを押しつけることでしか進まないように感じる仕事は、僕の中ではどうしても割り切れませんでした。
転職しても、この違和感は変わりませんでした。
「お客さんのため」と言いながら、実際には会社の利益が優先。
それが会社のやり方だから。仕事だから。
そう言われれば、従うしかない。
けれど僕には、本質のわからないルールに従っているような感覚がありました。
学生時代に感じていた、「それって本当に必要?」という違和感に近かったのかもしれません。
そのたびに「この会社が合わなかっただけかもしれない」と、自分を無理やり納得させていました。
そんな働き方が、3社目で限界を迎えました。
ある日、上司から言われた一言がありました。
「みんなはあんなに仕事しているのに、あなたは給料泥棒みたいだね」
その瞬間、僕の中でぎりぎり保っていた何かが、崩れました。
その言葉がつらかったのは、ただ傷ついたからだけではありません。
周りに合わせて、期待に応えようとして、自分の声を後回しにしてきたやり方が、もう限界に来ていることを突きつけられたように感じたからです。
その後、しばらく仕事から離れて、自分を立て直す時間が必要になりました。
これまでのように、ただ周りに合わせて頑張り続けることは、もうできなくなっていました。
自分の足で進むために、見つめ直したこと
その後、しばらく仕事から離れることになりました。
時間だけはあって「結局、自分は何がしたいんだろうな」。そんなことを、ぼんやり考える日が続いていました。
そんなとき、インターネットで偶然、自分の生き方や価値観を見つめ直していくような学びの場を見つけました。
正直、最初はかなり半信半疑で「本当に大丈夫なのかな」「怪しくない?」そんな気持ちでした。
「でも、このままじゃな」という気持ちもあり飛び込んでみました。これが大きな転機になりました。
そこで出会ったのが「あなたは自分の命を、何に使いたいですか?」という問い。
そんなこと考えたこともなかったし、初めて聞いたときは、正直、全然ピンと来ませんでした。
でも、課題に取り組んだり、自分の過去を振り返ったり、人と話したりしているうちに、少しずつ、自分の中にあったものが見えてきました。
僕は「頑張ろうとしている人を応援することが好き」、確かに会社は嫌いでも後輩に教えるとかは好きだったんですよね。
だから、誰かにしんどさを押しつけるような仕事が、あれほど苦痛だったんだということも気づけました。
自分が大切にしたいものと、真逆のことをしていたんですよね。
とはいえ、気づいたからといって、いきなり人生が大きく変わったわけではありません。
できることを、ひとつずつ試していきました。
興味のあることを学んでみたり、気になったことを試してみたり。
もちろん、うまくいかないこともたくさんありました。
朝活をしようとして、体調を崩したこともあります。
完璧な読書ノートを作ろうとして、気づいたら「何のために本を読んでいるんだっけ?」となったこともあります。
最初のやる気だけで始めて、続かなかったことも何度もあります。
でも、そうやって試していくうちに、少しずつわかってきたことがありました。
うまくできたかどうかよりも、「あ、自分でコントロールできている」という実感が大事だということです。
それに、行動すれば0なんてこともないことに気づきました。
仕事中、ふとした瞬間に本で読んだことが浮かんでくる。
自分の特徴を知ると、人との関わり方を少し楽にしてくれる。
退屈だった休日が待ち遠しくなる。
ふとした瞬間に「あれ、なんか自分変わったな」っていう実感が増えてくるんですよね。
そういう小さな変化が増えていくことで、毎日がどんどん楽しくなって充実していきます。
ただ、だからといって、今の仕事を手放したいと思っているわけではありません。
仕事には仕事でしかできないことがあり、でも仕事だけでは満たされないものもあります。
だから僕には、どちらも必要なんだと思います。
仕事は仕事として大切にしながら、それとは別に、自分で選んで動かせる時間も持っていたいと思うようになりました。
誰かに評価されるためでも、すぐに成果を出すためでもなく、自分の中にあるものを、自分のペースで育ててみる時間。
そういう時間があるだけで、やらされているだけではなく、自分の人生を自分で動かしている感覚が戻ってくる。
その感覚があることで、日々が少しずつ充実していくのを実感しています。
このブログを通じて届けたいこと
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
このブログで伝えたいことは、ひとつです。
余裕のない毎日の中でも、好きなことや学びたいことを諦めなくていい。
やらされているだけではなく、自分の人生を、自分で少し動かしている感覚を取り戻していくと、毎日は少しずつ充実していきます。
自分にとっての「次の一手」を、自分で選べるようになっていくと思います。
もちろん、現実には余裕がなくて、時間も気力も残っていない日があります。
だからと言って、やりたいことを諦めるのではなくて、今の自分でもできる形を探す。
大きいことではなくて、自分のできることから始めてみる。
好きや学びを少しずつ育てて、いつか誰かに手渡せる形にしていく。
その時間は、自分の人生を少し豊かにしてくれるものだと、僕は思っています。