居場所とは『自分のカタチ』に戻る場所。メンテナンスの3つの条件

周りに合わせてばかりで疲れちゃったな…

毎日、職場や人間関係で気を遣って、自分のカタチを変えるのはしんどいですよね。 そんな時に必要なのは、逃げ場ではなく、自分を元に戻す「メンテナンス」の場所です。

この記事では、「自分のカタチ」に戻る居場所の本質と条件について深掘りしていきます。

自分の置かれている環境にズレを感じている人はもちろん、「居場所」に関心のある方にも、「居場所ってこういうものかも」と、新たな発見や自分なりの答えを見つけるヒントになれば嬉しいです。

たけと。

頑張りすぎてしまった自分から、本来の自分に戻るためのヒントをご紹介しますので、参考になれば嬉しいです。

この記事を書いている人

【たけと】

  • 「居場所とは何か」を現場で探求中
  • 集団よりも「ひとりの時間」が落ち着く内向型
  • 根性論が苦手「頑張らない仕組み」で解決する派
  • 社会に振り回されない「しなやかな自分」をつくる
  • このブログでは「読み切れる安心」を大切にしていきます。
目次

居場所とは「本来のカタチ」に戻れる仕組み

いろいろ調べたり、実際に経験して、僕がたどり着いた結論はひとつ。

居場所とは「自分の本来のカタチを保たせてくれる仕組み」

環境に馴染むために歪んでしまった自分を、本来のカタチに復元させるための「メンテナンスの仕組み」です。

なぜ、僕がこの結論に至ったのか。その理由は大きく3つあります。

  • 「居場所がない」状態からの逆算
  • 「ただ居られる」ことができる場所
  • 原型は「子どもの頃の没頭」

理由①:「居場所がない」状態からの逆算

ひとつ目は、よく言われる「自分らしく」「ありのまま」という言葉の解釈です。

なぜ、居場所には「自分らしく」「ありのまま」が必要とされるのか。

「居場所がない」と感じているとき、 それは、環境に合わせるために、無理やり自分のカタチを変形させ、その歪みに耐えきれなくなっている状態です。

  • 居場所がない=置かれている環境と本来の自分がずれている
  • 居場所がある = 自分のカタチのままでいられる

こう考えると、「自分らしく」や「ありのまま」という言葉は、単なる精神論ではありません。

社会への適応で歪んでしまった自分を、「本来の仕様(カタチ)へ復元するプロセス」そのものを指しているのだと僕は考えています。

たけと。

縮まっていた身体を「のび〜っと」ストレッチする、あの「心地よさ」に近い気がしています。

理由②:「ただ居られる」ことができる場所

辞書や一般論では、居場所は「ただ居られる場所」「安心できる場所」とされています。

  • 辞書 人が居る所。いどころ。
  • 一般的なイメージ 安心できる場所

この「ただ居いられる」とは「等身大の自分で居る」ことだと思います。

社会では、誰かに認められようと背伸びをしたり、逆に自分を抑えて小さくなったりします。これでは「ただ居る」ことにはなりません。

大きくならなくても、小さくならなくてもいい。

その「サイズ調整が不要な状態」こそが、ホッとするような「安心」を生み、自分をふわっと本来の形に解放してくれるものだと思います。

たけと。

あの頃の『時間を忘れる感覚』、大人になった今こそ取り戻したいですよね。

理由③:原型は「子どもの頃の没頭」

「メンテナンスする感覚」を一番イメージしやすいのが、子どもの頃の「没頭」ではないでしょうか。

  • ゲームに夢中になっていた時間
  • 漫画を読んでいた時間
  • 何も考えず友達と笑っていた時間

そのとき、「どう見られているか」とか「役に立っているか」とか考えていなかったと思います。

この「没頭して、自分のカタチを意識すらしなかった感覚」こそが、大人になると忘れてしまう居場所の原型だと僕は考えています。

たけと。

ただ遊ぼうと思っても、いろいろ葛藤が生まれるんですよね…。

メンテナンスのための「3つの条件」

自分のカタチを取り戻すには、ただ居場所を作るのではなく、居場所を選択することが重要です。

ここでは、変形をリセットするための3つの条件を紹介します。

  • 評価や比較から離れている
  • 自分でコントロール権を持てる
  • 不完全さが許容される

条件①:評価や比較から離れている

社会的な「モノサシ」が持ち込まれない、持ち込まない。

社会の中では常に「能力」「成果」などという比較・評価にさらされていて、自分を変形させる原因になってしまうため、比較から離れることが重要です。

「サードプレイス(第三の居場所)」を提唱した社会学者のレイ・オルデンバーグも、居場所の重要な特徴として「平等化」という言葉を使っています。

「平等化は、日常の世界での地位が高い人にとっても低い人にとっても、喜びであり安らぎである。(中略)彼らはありのままの自分として認められ、政治人生や経済生活の浮き沈みに左右されない条件のもとで受け入れられる。」(レイ・オルデンバーグ『サードプレイス』より)

簡単に言えば「安らぐためには社会的地位や肩書きは関係なく、誰もが平等になる必要がある」ということです。

だからこそ、居場所ではそのスイッチを意図的にオフにする必要があります。

  • 成果を出さなくてもいい
  • 成長していなくてもいい
  • 役に立たなくてもいい

「何かを差し出さなくていい」という安心の感覚が確保されて初めて、ギュッと圧縮された心は元のカタチに戻り始めます。

たけと。

影響されやすい人は、自分だけの世界で密かに楽しむのもおすすめですよ。

条件②:自分でコントロールできる

自分でハンドルを握り、コントロールする

外の世界では、置かれている環境や他人の都合に合わせることが多く、自分のペースを崩されがちです。だからこそ、居場所では「自分で選べる」ことが重要です。

  • 行くも行かない(やる、やらない)も自由
  • 深く関わるも、浅く関わるも自由
  • いつ始めても、いつやめてもいい

誰かに強制されるのではなく、自分にとって心地の良い距離感に環境をデザインできる感覚こそが、本来の自分を取り戻すことにつながります。

たけと。

自分の気持ちに従おうってことですね。

条件③:不完全さが許容される

歪みや弱さをそのまま出すことができる。

社会では「完璧」「きちんと」さを求められ、少なからず自分の弱い部分を戦略的に隠す必要があると思います。

だからこそ、居場所は自分を責めなくてすむ場所であるべきだと考えています。

  • 立ち止まっていてもいい
  • カッコ悪くてもいい
  • 歪んでいてもいい

身体で考えても、ずっとつま先立ちで背伸びし続けるのはしんどいですよね。 それと同じで、かかとを付けて休める場所が欠かせません。

今の自分の「カタチ」をそのまま許容してくれる関係性や環境が人間には必要です。

たけと。

社会の中で弱い部分を出すのは難しいので、まずは自分が自分を否定しなくていい場所が大切だと思います。

生活の中にある「4つの居場所」のカタチ

どんなものが居場所になり得るのかは人ぞれぞれですが、ここでは特に僕が考える居場所のカタチを4つ取り上げてみます。

  • 人間関係(気を遣いすぎない関係)
  • もの(自分に戻るスイッチ)
  • 行動(没頭する時間)
  • 場所(物理的な拠点)

居場所①:人間関係(気を遣いすぎない関係)

この人といると、頑張らなくても安心できる。よく言われる「沈黙を共有できる関係」は、分かりやすい例かなと思います。

  • 家族
  • パートナー
  • 友達や親友

盛り上げなきゃ、話さなきゃ、と力を入れなくてもニュートラルな状態でいられる相手。 つまり、相手に合わせて自分のカタチを変形させなくていい関係です。

心地の良い人間関係は関係性自体が心強い居場所になります。

たけと。

「お前ってそんな感じだったっけ?」の言葉に救われたこともあります。人をイメージするだけでも力が湧いてくるんですよね。

居場所②:もの(自分に戻るスイッチ)

意外かもしれませんが、「もの」も立派な居場所になると僕は考えています。

  • 思い出の写真
  • 大切な人からもらったボールペン
  • 好きな漫画や道具

「もの」から当時の記憶や、本来の自分を思い出させてくれます。 いわば、流されそうな自分を「本来の位置」に繋ぎ止めてくれるアンカーのような存在です。

たけと。

僕は古くなった今でもいただいものをメンテナンスしながら使っています。お守りがわりですね。

居場所③:行動(没頭する時間)

行動の中に、「自分らしくいられる感覚」を感じることもあります。

  • 絵を描いているとき
  • 文章を書いているとき
  • 好きなことに没頭しているとき

これは先ほど書いた「子どもの頃の没頭」の大人版とも言えるかもしれません。

夢中になっている間は、社会的な役割(会社員や妻夫、親など)から解放されて、余計な評価や比較から離れることができます。

誰にも邪魔されず、本来のカタチに戻れる自分だけの時間も居場所になると思っています。

たけと。

僕は自然をボーっと眺めたり、一人で考え事をするのが好きなので、良いリフレッシュになっています。

居場所④:場所(物理的な拠点)

文字通り物理的な「場所」ですが、これをイメージする人が多いのではないかと思います。

  • 座ると落ち着くいつもの場所
  • 馴染みの喫茶店
  • 自分の部屋

賑やかな場所が落ち着く人もいれば、狭くて静かな場所が好きな人、人それぞれですが、大事なのは、「社会から離れられているか」だと思います。

誰にも邪魔されず、スイッチをOFFにできる空間、それが物理的な居場所と言えそうです。

たけと。

僕はインドア派なので、自室の環境を整えることを意識していますね。

僕が人間関係を「居場所の土台」に置かない理由

僕は、あえて「人間関係」を居場所の土台には置かないようにしています。

人間関係には「変数」が多すぎて、 あえてドライな言い方をするなら、人間関係は「ハイリスク・ハイリターン」だと考えているからです。

  • どんな相手でも、比較や気遣いといったノイズが発生する。
  • 他人の感情や状況はコントロールできない。

効果は大きいし必要ですが、自分の安定を人間関係に頼りすぎるのは構造的にリスクが高いと考えています。

だからこそ、変数の少なくて、コントロールのしやすい、「もの」、「行動」、「場所」を先に確保することを大切にしています。

安定した土台があるからこそ人間関係も依存しすぎず、穏やかな関係を築くことができると思っています。

たけと。

土台がグラグラだと、大切にしたい関係も共倒れしちゃいますからね。まずは自分の足場固めが最優先です。

おわりに:居場所は『自分のカタチ』に戻れる仕組み

ここまで、僕なりの「居場所」についての考えを書いてきました。

外の世界に出れば、どうしても傷つくし、疲れるし、合わせる必要があります。多くの場合、それは避けられません。

だからこそ、誰かに勝つための武器ではなく、傷ついても「自分のカタチに戻れる」仕組みを持つことが居場所づくりの本質だと僕は考えています。

まずは小さなメンテナンスから
  • お気に入りの「もの」
  • 没頭できる「行動」
  • 心地よい「場所」
  • 背伸びしなくていい「人間関係」

まずは、自分でコントロールできる「小さな仕組み」を意識することから始めてみてください。

頑張るために環境に合わせた自分を、本来のカタチに戻す場所。

その拠点さえあれば、僕たちはこの社会で、もう少しだけ楽に、自分らしく息ができるはずです。

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